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家康に天下を獲らせた男、
最上義光を大河ドラマへ!
戦国時代、東北の覇権をめぐり激動の時代を生き抜いた武将、最上義光(もがみ よしあき)。
義光は25歳で家督を継ぎ、上杉家や伊達家といった強大な勢力と渡り合いながら、東北の歴史に大きな足跡を残しました。
なかでも、「北の関ヶ原」とも呼ばれる慶長出羽合戦では目覚ましい活躍を見せ、徳川家康の天下取りに大きく貢献します。その功績により、最上家は57万石の大大名へと発展しました。
義光の功績は戦だけではありません。
山形城の整備や城下町(現在の七日町・十日町など)の発展、庄内地方の開拓、そして最上川の水運整備など、地域の暮らしと産業を支えるまちづくりにも力を尽くしました。今日の山形の基盤を築いた人物でもあります。
しかし、これまでの大河ドラマなどでは、謀略をめぐらす場面が強調され、演者の迫真の演技も相まって、義光には「ヒールな悪役」というイメージが広く定着してしまいました。
ところが、近年の歴史学研究によって、敗れた敵将や家臣に情けをかける人情深い一面や、連歌をたしなみ、寺社への寄進(羽黒山五重塔の建立など)にも尽力した文化人としての姿が明らかになってきています。
私たちは、こうした新しい最上義光像を、全国に多くの視聴者を持つNHK大河ドラマとして描くことで、戦国時代の東 北の実像を広く伝えたいと考えています。
そして、国指定史跡の霞城公園や、義光公が北舘利長に作らせた北楯大堰(ユネスコ世界かんがい施設遺産)など、山形県が誇る歴史文化資源の魅力を全国へ発信し、地域振興と郷土の歴史の継承につなげていきたい。
「最上義光を大河ドラマにする会」は、そんな思いを胸に、日々活動を続けています。
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